『未来へすすむ』
さく、MACKY
◆第1話◆
それは、五年生の一学期の初めのこと。
三咲M子は、埼玉から東京の下町にある東小学校に転校してきた。
転校の理由は、お父さんの転勤。
普通だったら今まで馴染んだ町を離れて新しい学校に行くのはつらいところだけど、
M子の場合は少し違っていた。
M子は、明日の転校初日を前に、ベランダに出て星を眺めていた。
ここは、東京の空。星の輝きは、前に住んでいたところに比べると、はるかに少ない。
「いい、この転校はある意味チャンスなのよ。私の人生をもう一度やり直すためのね。 」
「今までみたいな、地味で臆病な学校生活はもうこりごり。
明日からは、明るくて皆から好かれる生徒なるのよ。 がんばらなくっちゃ。」
低い場所で輝く金星を眺めながらM子は自分の決意をつぶやいた。
「M子、もう寝なさい。明日は早いんだから。」
下の階からお母さんが呼びかける。
「はぁい。おやすみなさい。」
★
「は、はじめまして。」
「埼玉の指田小学校から転校してきました。三咲M子です。」
ああ、やちゃった。声が上ずったうえにどもってしまった。
これじゃ、明るい子なんて思われないよ。M子はそう心でつぶやいた。
「埼玉だって。」
「田舎。」
「ダサイ玉かな。」
生徒の何人かがそんな風に話し合っているのを聞いて、
M子はさらに緊張してしまった。泣きたい気分だ。
新学期の初めは、校長先生の話を聞いて通信簿を集めればもう終わりだ。
皆が帰り支度を始めて、女の子たちはそれぞれ仲良しグループに分かれていた。
M子は、勇気を振り絞って誰かに話しかけようとしたけど、どのグループにも
何か割って入れないようなバリアを感じて結局話しかけることができない。
そんな情けない気分でいると、桃色のシャツを着たショートカットの女の子がM子の前に立った。
ちょっと、やんちゃそうだがなかなかの美少女だ。
「僕、堀内進って言うんだ。よろしく。」
と言って、手を差し出してきた。
「お、男の子?」
進って男の子の名前だよなと思いつつも、口に出してしまったことを後悔した。
M子は、顔が真っ赤だった。
「嫌だな、どう見てもそうじゃない?」
それに、普通はこのぐらいの年だと男の子とは握手なんかしないよね?
差し出された進の手を見ながら、M子は思った。
けれど、進がいつまでたっても手をひっこめないので、自分も手を出して短く握手した。
進の手は、細くってちょっとひんやりとした。
進はにっこりと笑うと、
「じゃ、また明日。」
と言って手を振ると、さっさと行ってしまった。
「堀内進君か。変な子。」
そう、つぶやいて、M子はしばらく進が出て行った扉のほうを見ていた。
★
テレビでアニメの再放送を見ながらぼうっとしてるとお爺ちゃんが2階からやってきた。
「そうか草加と国から手紙。」
と言いながら郵便受けに届いている手紙をとりに行く。
この春からいっしょに暮らすことになった お爺ちゃんは、
いつも手紙をとりに行くときに、この文句を言うのだ。
「お、M子にも手紙が来てるぞ。」
「前の学校の子からだ。」
「返事書かないとな。」
「うん。」
「新しい学校はどうだい?」
「うん、どうかな。まだ、わからない。」
「はは、そうか。
そうだ、お団子買ってきたぞ。」
「本当?」
「M子の好きな“磯乙女”だ。」
蓬(よもぎ)がたくさんとれるせいで、この町の名物は、草団子だった。
磯乙女は普通のお団子を醤油で焼いて海苔をまぶしたものだ。
M子は、草団子につける餡子が苦手だったので、この町の団子の中では磯乙女が大の好物だった。
「やったぁ。ありがとうお爺ちゃん。」
「進君もお団子好きかな。」
M子は、磯乙女をほおばりながらふとそう思った。
★
転校二日目。
「今日こそ、皆に話しかけよう。」
よし、と心に言い聞かせ、M子は学校の門をくぐった。
下駄箱で靴を履き替えようと、いったんかがんだから身体を
持ち上げたとき、ひとりの女の子が立ってた。
「おはよう。三咲M子さん。」
髪の毛に軽くウェーブがかかっていてお姫様みたいな女の子だ。
やった、話しかけてくれる子がいるなんて。よかった。
「お、おはよう。え、と...」
「江川亜具利。」
「おはよう。江川さん。」
「あのね。昨日、あなたを見てて心配だったんだけど。
堀内君にはかかわらないほうがいいわよ。」
「え、何で?」
「だって、あの子おかしいもの。」
ひょこっと亜具利の背後から顔を出した別の女の子が答えた。
「男のくせにいつもピンクの服ばかり着てるし。」
さらに別の子が頭を出す。
「それに、去年なんか遠足で行った先で勝手に穴掘ったりして怒られてたもんね。先生に。」
「穴?」
「そう、だから堀内君にはかかわらないほうが良いの。忠告したわよ。じゃぁね。」
と亜具利は言うと、くるっと後ろに回転し、ほかの女の子を従えて教室に向かった。
M子は、後からノロノロと教室へ向かうのだった。